投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


運慶展

 投稿者:渡嶋蝦夷  投稿日:2017年 9月23日(土)10時24分6秒
   東博の運慶展、事前の広報・宣伝がもの凄く大変な混雑が予想されます。航空券は
既に押さえてあるのですが、止めようかと思っています。大部分拝観したことあるのと
頭だけ見られる展示会ではあまり意味が無いので。

 それにしても、何故と云うほど事前宣伝が凄い。
 

お芝居は

 投稿者:渡嶋蝦夷  投稿日:2017年 9月11日(月)09時30分38秒
   歌は覚えていたのですが、さて何のお芝居だったのか。ネットでヒットしました。
「頭痛肩こり樋口一葉」でした。井上氏のお芝居は、何でも面白いのですが、ここでは
幽霊役の新橋耐子さんが抜群でした。笑いとペーソスを十分に味合わせてくれました。

 結構評判の高かったお芝居なので、御覧になった方もいらっしゃるのでは・・。
 

現代から離れて

 投稿者:渡嶋蝦夷  投稿日:2017年 9月10日(日)18時39分16秒
   今回も駆け足で関西を回ってきました。一つは「源信展」。この展覧会は
展示替えが多いせいか、事前の期待度からするとちょっと。源信が画を描いていた
とは知りませんでした。六道絵の多くは、絵解きで多用したせいか、くすんでいて
よく見えないものが多かったです。井上ひさし氏の戯曲で「盆、盆、盆、盆の16
日に地獄の、地獄のふたが開く」というメロディー、今も覚えています。釜のふた
があく、とはよく言われますが、地獄絵では「釜のふた」を描いたものはほとんど
ないそうです。釜が見えた作品、確かにふたは描かれていませんでした。

 仏像館も駆け足で。秋篠寺の、伎芸天に似た菩薩様が展示されていました。解説
読むと、頭部は奈良末、体躯は鎌倉とありました。後補の場合、どうしても印象が
ちぐはぐになるのですが、これは、最初から一体として造られたのではないかと思
う秀作。帰宅後、チエックすると、「伝救脱菩薩」と言われているもののようです。

 気になっていた、奈良市写真美術館。三好和義氏の「室生寺」と入江泰吉氏の
「仏像展」をやっていました。私、いつも高畑で迷うのですが、今回も地元の方に
教えていただきました。翌日は、初めて「みんぱく」へ。交通の便あまり良くなく、
シーボルト展を覗きましたが、本館へ回る時間なく、再訪です。

 札幌でいま「ゴッホ展」やっています。作品の数はそう多くは無いのですが、
1888年から90年の微妙な時期、日本との関わりにテーマを絞っているせいか、
見応えがありました。ゴッホというと太陽のような強烈な黄色のイメージなのです
が、どちらかというと、印象派に近い穏やかな作品が多かったです。道立近代美術
館は久しぶりに混んでいました。この後、東京に巡回します。
 

(無題)

 投稿者:まるさ  投稿日:2017年 9月 1日(金)22時16分25秒
   渡嶋蝦夷さん、いつも新しい情報をたくさん、
ありがとうございます。
芸術と科学技術の知識・・・
数学を筆頭に物理、化学、おまけに地学まで、
理系と呼ばれる科目は早々に理解をあきらめてしまったので、
920メガヘルツという数字にも、
何か意味があるのかないのかすらわからない状態です。
その分、見に行けば単純に、へーっと、驚けるでしょうか。
教えていただいた作品、いくつかは検索で説明を読めたのですが、
経験値の少ない頭では、どのようなものなのか、概要すらつかめないありさまです。
一度、本物に出会わないと、想像できないものなのでしょうね。
渡嶋蝦夷さんの書いてくださった、
「海上一杯にただよう色とりどりの夜光虫」
という表現に、とても惹かれました。
光が生きているようなものを想像します。
いつか直島も、札幌も、見に行く機会があればなと思います。

http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/

 

つづき

 投稿者:渡嶋蝦夷  投稿日:2017年 8月20日(日)11時05分28秒
   ↓書いてから、芸術の森へ行ってきました。そこで、予想もしていなかった作品を見て
つづき書くことにしました。

 直島の作品は、タレルによる人間の視覚能力を問うもので、私に平安時代「もののけ」が
存在したことを確信させてくれました。今回、日本人のアイさんによる作品は、視覚能力を
二重に問うもので、色彩豊かなものです。「ドッカイドー・海」と名付けられた作品は、
海上一杯にただよう色とりどりの夜光虫を思わせるものでした。

 最初、マットいっぱいに埋め込まれた半導体かと思いました。しかし、1時間毎の公開で
あること、よく見ると頭上に投光器らしき物体が複数。今は、可視光外の電磁波を夜光反射
材のような物質で描いた点に投射しているのではないか、と思っています。仕組みが公表
されていないので、勝手に推測するしかありません。

 カラフルなドット、草間さんの作品は光源と鏡で構成されていましたが、最近の現代アート
はここまできているのか、と驚きました。素直に、凄いと思えば良いのでしょうが、ついつい
考え込んでしまいます。
 

科学的知識

 投稿者:渡嶋蝦夷  投稿日:2017年 8月19日(土)10時40分13秒
   現代アート、以前、プログラミングの知識が必要になるカモ、とここに書きました。
今、札幌国際芸術祭開催中ですが、科学的知識も必要だと思うようになりました。

 芸術祭のはしりのひとつ、直島にも人間の認識能力を追求した作品があるのですが、最近
ますます科学的知識が求められているようです。

 そのひとつ、地球外生命体との交流という作品をイサムノグチのモエレ沼で見てきました。
宇宙人には地球の常識は通用しないので、簡単なプログラムで、910メガヘルツの電波を
気球からシグナルを発信する作品。解説がかなり細かいので、いろいろ考えてしまいました。
まず、910メガは確かに電離層を突き抜け宇宙へ出て行きますが、出力は弱いし、発信器
を気球に乗せる意味はあまりないのではと。

 全体イメージの作品では、ノイズに混じり人工的な信号が聞こえていましたが、モールス
にノイズを被せていて、欧文でも和文でもなくアトランダムに長点、短点を載せていました。
プログラムを送信するイメージにしては、数字が全く含まれておらず「宇宙人には地球の
常識は通用しないからかなあ」など混乱してしまいます。へーっ、と驚いてそれ以上考え
ないほうが良いのかも。

 でも、クワクボリョウタ氏の影絵もどきの作品見ると、画像信号はどうやってプロジェクター
に伝えているのかな、と考えますしね。

 作品が市内各地に星のようにちりばめられているので、ひとつひとつ探していくのがたいへん
です。

 レオナルド・ダ・ビンチの手記 下巻 まだ読了していません。かの天才でも、当時の科学
知識の制約を受けており、この考えは今はこうだよな、と一応潰しながら読むので時間がかかり
ます。先日、道立美術館の「アンギアーリの戦い」展に行ってきましたが、子供の宿題をこの
展示会で、という呼びかけは難しすぎて無理だろうと、感じました。

 

(無題)

 投稿者:まるさ  投稿日:2017年 3月17日(金)09時56分23秒
   渡嶋蝦夷さん、草間彌生展、ドットの作品は拝見したことありますが、
部屋全体を使った作品とは!
鏡を使った暗室の中、色とりどりのドットが一定の意志をもって迫ってくる様子・・・
もし、ひとりでその中に静かに立てたとしたら、
更なる異次元感覚と、そこから何か思索が生まれたかもしれないですね。
教えて頂いたことからだけでも、そんな想像がわきました。

入江泰吉さんの写真展は気になっていたのですが、
先月からまた身動きがとりにくい生活になってなかなか上京できず、
残念に思っています。

東大のSAT、拝見してきました!
たしかに、私のPC環境では読み込むのに時間がかかりますが、
細かい図が拡大できて細部までよく見えるのもうれしいですね。

東京の電車での優先席の使い方は、
最初から座らない/お譲りすべき方がいらっしゃるまでは座る、等で、
アンケートがとられるくらい、普通に座られる方が多いようですね。
何十年か前はたしかに、あいていても座らないものだったような気がします。

http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/

 

訂正など

 投稿者:渡嶋蝦夷  投稿日:2017年 3月 7日(火)09時27分35秒
  >卒業の終了展
 卒業・修了です。学部生と院生です。

 昨年から東大のSAT で大蔵経の図像編が動いています。非常に重くて本を繰るようには
いきません。ただ、図像という如くカラフルな図像が結構ありますので、ぱらぱらと見たり
特定の尊格図を検索するのに、役立つかもしれません。
 

何となく

 投稿者:渡嶋蝦夷  投稿日:2017年 3月 6日(月)18時14分34秒
   草間彌生展へ行ってきました。

ドット作品のオンパレードはさておき。鏡の暗室に色とりどりの豆電球をともした作品には
驚きました。床はガラスの鏡のようで思わず「大丈夫ですか」と係員に聞いてしまいました。
足入れて割れませんか、とい意味だったのです。何処までも広がる上下左右の空間、周りには
カラフルなドット。異次元の世界に迷い込んだようです。残念なのは観客の列が続いており、
立ち止まることは出来ませんでした。

暗室を使った作品は、直島で二点ほど見ました。特に南寺の作品はしばらくの間恐怖をも感
じます。平安時代、魑魅魍魎が跋扈した世界は間違いなくあった、と感じさせれてくれま
した。それは、鑑賞者が結果として感じるものです。

対して、草間の作品は色とりどりのドットで幻想的な世界へ誘ってくれます。というか一定の
意思を持って積極的に迫ってくるところが、直島とは違いました。


国立新美術館では、都内五美術大学卒業の終了展もやっていました。時間が無く、全部は見
れませんでしたがマンガ、ゲームの影響を感じさせる作品もありました。

フジフィルムスクエアで入江泰吉の奈良大和路の作品展をやっていたのでそちらに廻りました。
二十何点かが展示されていましたが、秀作展で過去に何処かで見たことがある作品ばかり
だったのがちょっと残念でした。

江戸東京博物館、そして夜は、何十年ぶりかで寄席へ行ってきました。

 東京の人は電車で優先席あまり意識していないことにちょっと驚きました。私は各地へ行きま
すので、女性専用とか、優先席には常に気をつけているので、気になりました。

 

今年もよろしくお願いします

 投稿者:まるさ  投稿日:2017年 1月20日(金)23時22分10秒
  年が明けてすでに二十日経ちました・・・
たいへん遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。

昨日、東博の「春日大社 千年の至宝」展に行ってきました。
会期3日めでしたので、並ばずに入館でき、
展示室も十分ゆっくり観覧できる程度の混雑でした。
後半からの展示替えの時期にどの程度混んでくるのかが、心配です。

友人にすすめられて、珍しく事前にNHKで放映していた、
「金地螺鈿毛抜形太刀」復元の番組を見て、
実物で細部の装飾を確認するのを楽しみにしておりました。
ところが見えなかったのです。

特に、柄、鍔などの金具部分にはほぼ全面に魚々子が施されているはずでしたが、
硝子越しの肉眼ではどんなに目をこらしても、すべすべの金にしか見えませんでした。
もともとの近眼に老眼も加わっていますから、私の目が悪いせいではありますが、
それ以上に、簡単には見えない程細かい細工なのだと戦慄しました。

同時に、今まで持たないできた単眼鏡の購入を、考えようと思いました。
気付かないうちに、見えないまま通り過ぎてきたものが、
これまでにも多かったのかもしれません・・・


 渡嶋蝦夷さん、いつも興味深い話題をありがとうございます。
絵画も彫刻も、学んだことはないので、
表現の考え方の差異等は恥ずかしながら想像が及びません。
ましてダ・ヴィンチがミケランジェロを意識して書いたこととは。

それでも、仏像・仏画で考えてみました。
昨日まさに目の前にして考えられる絶好の機会でしたし。
すると、仏像は直感的に私の中に入ってくるように思いました。
仏画はたいへん情報量が多いですが、ひとつひとつ、
頭の中で情報に、ある意味翻訳、または変換して理解されるもの、
そんなふうに感じました。

もちろん、優劣を語れる何ものをも持ち合わせていません。
たとえば東大寺の大仏のような量塊感は、絵画では難しいでしょうし、
逆に曼荼羅の細部まで彫刻で表すのはほぼ無理と思われます。
そして、好きなのはどちらかと問われたら、彫刻と答えるでしょう。
姿かたちを存在として直感的にとらえられるもののほうが、
今は好きなようです。

あまり、答えになっていないかもしれませんが、
お陰様でたくさんのことを考えることができました。






http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/

 

/109